【ss】凛がμ'sに入った理由。

「それにしても___なんで凛ちゃんってμ'sに入ったの?」

ズルズルズル〜っと音を立てて。凛は気持ちよくラーメンを食べていたのに。

真姫ちゃんがイキナリそんなこと言うからブハーって噴き出しちゃったニャ。

コホッコホッ、うーん、喉が痛い。

「ご、ゴメン、そんな驚かせるつもりじゃなかったんだけど」

真姫ちゃんが慌てて立ち上がる。

「凛ちゃん、どうしたの、大丈夫!?」

花陽ちゃんもびっくりして凛の背中をさすってくれた。

「ケホケホッ。ご、ごめん、もう大丈夫ニャ。」

凛はまだ咳をしながら、涙目でなんとかそう答えた。

二人は心配そうにしてたけど、凛が落ち着いてからまた一緒にラーメンを食べ始めたよ。

μ'sの練習帰りに3人でラーメンを食べに行くのが、最近の凛のお気に入りなんだ!

「またラーメン?」って渋ってた真姫ちゃんも、今はすっかりハマってるみたい!

ふふっ♪ラーメン教なんてものがあったら、凛は敏腕宣教師になっちゃうかもね?

なーんて。楽しくそんなことを考えていたら。

さっきのこと、ふと思い出しちゃった。

急にドギマギしちゃって。あんなにむせちゃって。

その理由は___。

“なんで凛ちゃんってμ'sに入ったの?”

この一言にあるって、二人とも___やっぱり気付いちゃったかな?

凛の唯一の弱み。

みんなには言えない、後ろめたい凛の参加理由。

なんで凛はμ'sに参加したのか___。

その秘密は、凛の中学生時代にあったのです。

 

 

 

凛がまだ高校生になる前。凛とかよちんは地元公立の音中(音ノ木坂中学校)に通ってたんだ。

そのころ凛は陸上部に入ってた。昔から走ったり身体を動かすのが大好きだったから、そんな凛にとってピッタリの部活動だったんだ。

まぁ___弱小部活だったんだけどね。音中は人数が少なくて、統廃合の噂が囁かれてたくらいだから仕方ないんだけどね。

それでも___自分で言うのも変だけど___凛が入ってからそこそこ強くなったんだよ?

けっこうあちこちの大会で結果を出し始めていて、そのおかげで陸上部は次第に注目され始めたんだ。

そして___期待もされ始めていた。陸上部が活躍すれば、音中に入学したいっていう人も増えるんじゃないかって。

凛はそんなこと考えながら走ってたわけじゃないんだけど、自然とそんな目で見られていた。

だからちょっと。走りにくいなーって。

陸上競技は、相手と競い合い、明確に順位付けがされる厳しいスポーツ。

でもね、こう見えて凛って平和主義者だったんだよ?

勝ちたい!と思って走ったことはあまりなくて、楽しく気持ちよく走れればそれでいいって考えてた。

一番になるのが好きって思われることもあるけど、実は全然そんなことないんだ。

凛は走るのが大好き。

グングンと風を切って大空の下を駆け抜けると、まるで鳥さんになったみたいでとーっても気持ちいいんだ!

そう、楽しいから。気持ちいいから。凛が一位になるのは結果であって目的ではなかった。

イヤミに聞こえちゃうかもしれないけど、でもこれが本当の凛なんだ。

でも、そんな平和主義者の凛が負けてわんわん泣いちゃったことがあった。

そんなの凛にも初めてのことで、どうしていいかわからなくて大泣きしちゃった。

今でも鮮明に覚えてる。

あの日のこと。

それは、中学三年ももうすぐ終わりの、秋の陸上大会の日のこと_____。

 

 

 

 


季節は秋になって、木々が寒そうにしていた頃。音中には卒業ムードが漂っていて、何となく寂しい感じがしていた。

凛が入っていた陸上部も、秋の陸上大会で引退。そんなわけで、そのときのみんなはけっこう気合入ってた。

“絶対優勝!”“有終の美を飾ろう!”

そんな言葉が飛び交ってて、凛もせいいっぱい走ろ〜♪なんて考えてた。

凛が出場するのは短距離の100メートル走と200メートル走、それに400メートルリレーのアンカー。

そのときは、いっぱい走れて嬉しい、気持ちよく走るニャ〜♪なんて考えていたんだけど。

今思えば、リレーの最終走者に選ばれた時から、なんだか少しだけ気が重たい気がしてた。

ううん、そんなことないって自分に言い聞かせても、やっぱりついてきちゃうんだよね。プレッシャーってやつが。

リレーを走るっていうことがどういうことなのか、本当は分かってるはずなのに凛は考えないようにしてた。

びゅんびゅんびゅんびゅん気持ち走ればそれでいいって____そんなわけにもいかないよね?

きっと陸上部のみんなは、いつも能天気な凛がびゅーんっとゴールテープを切って、いつも通り一位で帰ってくることを期待して凛をアンカーに推してくれたんだと思うニャ。

実際、凛もそうするつもりでいた。

あー、今思い出しても胸がチクってする。

絶対、そうするつもりだったのに____。

 

 

 

午前の部の個人種目が終わって、凛は100メートル、200メートル共に一位でゴールしてた。

その日はカラッとした秋晴れで絶好の走り日和!

朝集まった時から、仲間達と今日は晴れてよかったねなんて話して、天気も応援してくれてるのかニャ?なんて呑気に考えてた。

もちろん結果はみんなそれぞれで、悔しくて泣いてる子もいれば、凛みたいに気持ちよく走り抜けていい汗かいたニャ〜!って清々しい顔をしてる子もいた。

でも、充実した良い大会だったと思う。

スタートラインに立つと、ピリッと静かな緊張感と高揚を感じて、あー、やっぱりこの雰囲気好きだなーって凛も思うくらい。

 


一つ嬉しかったのは、花陽ちゃんや仲良しの穂乃果ちゃん達(穂乃果ちゃん、海未ちゃん、ことりちゃん、絵里ちゃんとは小学校から同じでとっても仲良しなんだ!)が応援に来てくれたこと。

特にかよちんは、もうすぐ受検だっていうのに(凛もだけど)、凛ちゃん頑張って〜!って必死に手を振ってくれるもんだから、凛もついつい頰が緩んで、頑張るニャー!って大きな声で返したよ。

 


大会もいよいよ終盤になって。

いよいよ残りは400メートルリレーだけになり、凛たちはエンジンを組んで気合を入れていた。

「絶対一位!」「全力で走ろう!」

お互いが口々に言い合い、肩を組む。

「音中ガンバレー!」「凛ちゃんファイトー!」

友達の応援が、熱気となって凛の身体を包み込む。

よし。いける。大丈夫。いつも通り。

みんなからの大歓声はちょっぴり落ち着かなくて、スタートラインに立っても思わず手を振ったりしちゃったけど、それでも午前の部はそれで上手くいってたんだ。

 


でも、リレーのときになったら違っちゃった。

 


4人のメンバーがトラックに入ったときから、いつもと空気が違うなって少しだけ感じてた。

ピリリとした緊張感はいつも通りなんだけど、それに加えて、プレッシャー。

いつもみたいに自分のために走るんじゃなくて、仲間のために走るレース。

勝ちを目的としたレース。

そんなことを意識していたら、なんだか身体のなかに重いものが流れ込むような感じがして、凛はあわてて頰をパチンと叩いて気合を入れ直した。

それでも____目に入っちゃったんだよね。観客席に掲げられた“音中に有終の美を!”っていう文字が。

あぁ、凛たちとっても期待されてるんだ。

そのことが声援に乗って痛いほど伝わってくる。

とっくん。とっくん。

心臓の音が次第に大きなってくる。

とっくん。とっくん。

どっくん。どっくん。

あぁ、これヤバイやつだ。

こんなの、初めて。

絶対に勝たなきゃ。みんなの期待に答えなきゃ___。

そう思うたびにどんどん凛の身体に硬いものが流れ込んできたの。

気がつけば凛、いつも楽しく走ろうって決めてたのに、強張った顔でウェイティングゾーンに入ってた。

どうしよう_____凛、変だ。

今にも口から何か飛び出しそう。

そうして、気持ちを落ち着ける暇もなく。

すぐ目の前には必死に走る仲間の姿があって。

凛は二位でバトンを受け取って、ふわふわした気持ちのまま走り出した。

 

 

 

 


バトンを受け取った直後から、違和感を感じていた。

いつもより身体が重たい。思うように身体が動かない。

凛は、まるで鎖に繋がれて抜け出そうともがいてる獣さんみたいだった。

一位との差はあまりなくて、いつもの凛だったら絶対追い抜ける距離。

それなのに、追いつくどころかだんだんと距離を離されていく。

おかしい。こんなハズじゃない。

凛が。凛が追い抜いて勝たなきゃ。

だって、みんなが凛に期待してくれているから。

みんなが凛が一位になる瞬間を待ち望んでるから。

 


でもね。

 


それでもね。

 


そう思えば思うほど、凛のフォームは崩れていったよ。

 


水中の中を必死でもがくように。凛は走った。

こんなに一位の背中が遠いなんて、生まれて初めてだよ____。

 

 

 

結局、凛は二位でゴール。一位どころか三位にも僅かな差まで迫られていた。

試合後の凛は放心状態。

何も考えられない。

「惜しかったね!」「凛ちゃんお疲れ!」ってみんなが声をかけてくれたけど、凛は反応する余裕なんてなかった。

凛の____凛のせいで。

それだけしか頭になかったんだ。

 

 

 

表彰式のあと。凛はヘナヘナと膝をついて、おもちゃをねだる子供のように大声で泣いちゃった。

 


うわーん!うわーん!

 


凛、勝ちたかったんだよ。こんなにも勝ちたかったんだよ。

こんなの、生まれて初めてなんだよ。こんなに勝ちたいと思ったことなんて。今まで一度もなかった。

 


それなのに、凛にはその力がなかった。

 


そしてね。この時分かっちゃったんだ。

凛は平和主義者だーなんて言ってたけど、本当はそんなことはない。

 


自分の能力にあぐらをかいて、本当の勝負から逃げていただけなんだって。

 


勝ち負けなんて二の次だったし、実際負けてもそんなに落ち込むことはなかった。

でもね。それって、真剣になるのが怖かっただけだったんだ。自分の気持ちに。

 


そうやって、いつも自分の気持ちから逃げ続けていた。

そして、初めて本気で勝ちたいと思ったとたんに、全然ダメになっちゃった凛。

 


勝ちたかったよ。

負けたくなかったよ。

みんなの期待に答えたかったよ。

 


勝負がキライだなんて嘘だったんだ。

そう言って_____逃げ続けていただけだったんだ。真剣な気持ちから。

 


恥ずかしくて悔しくて、凛はまたうわあああああああん!って泣いた。

 


そして、こんな自分を変えたいって。

強く思ったんだ。

大事な人のために頑張る力が、凛は絶対に欲しい。

 


それが、凛がμ'sに入った理由。

って言ってもわからないか。くす♪

 

 

 

それから、凛と花陽ちゃんは一緒に音ノ木に進学した。

花陽ちゃんは昔からアイドルが大好きで、音ノ木のスクールアイドル“μ's”に興味があるみたいだったんだよね。だから、凛は「かよちん!絶対やった方がいいって!」って背中を押したんだ。

凛は、花陽ちゃんがとっても強いことを知っている。

好きなものに真剣に向き合い、辛いことから決して目を逸らさない強さ。

あれれ、こんな身近なところに凛のお師匠さんがいたんだね♪

 


そっと後押ししてあげると、かよちんは直ぐに決意したみたいだった。

このとき、凛はμ'sに入ろ〜なんてこれっぽっちも考えてなかったんだよね。

 


それでも、花陽ちゃんの付き添いで何度か練習を見学しているうちに、強く惹きつけられている自分に気がついたんだ。

なぜなら、そこには凛に足りない力を持ったメンバーがいたから。

穂乃果ちゃんや、真姫ちゃん。

本気で学校を救いたいと思い、本気でスクールアイドル活動に取り組むキラキラした姿がそこにはあったんだ。

自分のために必死になる気持ち。

真剣でせいいっぱいでギリギリで、いつも自分の目標のために全力勝負をしている人たち。

 


こんなこと言ったらにこちゃんに怒られそうだけどさ、凛ってばあまりアイドルに興味無かったんだよね。

でも、キラキラした輝きを放つみんなの姿を見たら____凛に足りないものはこれだっ!って思って。

 


真剣勝負の世界。

凛もその中に入りたいっていう気持ちがどんどん膨らんでいった。

真っ直ぐな気持ちを持って、仲間と全力で走って。全力の勝負をして。

そんなメンバーの姿に凛は惹かれたんだよ。

 


そうして気がついたら、凛はμ'sの一員になっていたんだ。

ふふっ、まるで甘い香りに引き寄せられた蜂さんみたいかニャ?

 


とまぁ、これが凛がμ'sに入った理由!

他のメンバーにはちょっぴり後ろめたい、凛の理由なのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「凛ちゃん、本当に大丈夫?」

そう言って真姫ちゃんが凛の顔を覗き込む。

あれれ、ちょっと考え込みすぎたかニャ?

「うん!もう大丈夫ニャ!あっ、替え玉頼んでいい?」

もう〜なんて言いながら、真姫ちゃんがこっちを見てくる。

えへへ。凛、μ'sに入って良かったなって本当に思うな。

だってこんなに素敵な仲間たちと出会えたんだから♪

「かよちんも一緒にたーべよ♪」

 

 

 

 


凛は今、最高の仲間たちと、目標に向かって全力で突き進んでいます。

あの頃から少しでも成長しているといいな。

いや、絶対してるよね!

「ん〜〜っ!ゴフッゴフッ」

勢いよく麺をすすったら、また咳き込んじゃった♪

「ちょっと凛ちゃん____」

呆れた顔の真姫ちゃんをよそ目に、凛は勢いよく食べ終えて立ち上がる。

うーん、やっぱり練習あとのラーメンは格別ニャ!

そしてまた、明日がやってくる。

限られた中で、せいいっぱい輝こうとしている日々が。

凛はそんな日々を、一日一日抱きしめるような気持ちで大切に過ごしていきたいって思っています。

 


まだまだ私たちは夢の途中!

 


「さーて!明日も練習頑張るニャー!」

 


そう言って凛たちは、また明日に向かって駆け出すのでした。